大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和40年(むのイ)348号 判決

申立人 江口高次郎

決  定

(申立人 氏名略)

昭和四〇年五月一八日、東京北簡易裁判所における、野口三吉に対する道路交通法違反被告事件(同簡易裁判所昭和三九年(ろ)第六四六号)を審理中の公判で、右被告人の弁護人江口高次郎から、同裁判所裁判官神村三郎に対し忌避の申立がされ、直ちに同裁判官によつて刑事訴訟法第二四条第一項前段に則り、却下の決定がされたところ、同月二〇日江口高次郎および前記事件の主任弁護人江口弘一から右却下決定に対し準抗告の申立がされ、同決定は同年六月三日東京地方裁判所で取り消されるに至つた。そこで当裁判所は本件忌避の申立につき、事実の取調をしたうえ、次のとおり決定する。

主文

本件忌避の申立は却下する。

理由

本件忌避申立の原因とするところは、前記道路交通法違反被告事件記録に編綴された申立人ほか一名作成名義の昭和四〇年五月一九日付即時抗告の申立書に徴すれば、昭和四〇年五月一八日東京北簡易裁判所で開かれた前記道路交通法違反被告事件の第三回公判期日において、同事件は公判の冒頭から犯罪の成否が争われていた事件であつたのにかかわらず、同裁判所裁判官神村三郎は、弁護人である申立人江口高次郎および江口弘一が、第二回公判期日における同裁判官の、「証拠調の請求があれば次回までにされたい。」という趣旨の勧告にこたえ、公判期日外でした証拠調の請求について何ら採否の決定をしないまま、検察官に事実および法律の適用についての意見の陳述をさせ、驚いた江口弘一から右証拠調の請求についての採否の決定を促されるや、必要がないといつて直ちに右の請求を却下し、検察官の意見陳述を続行終了させ、被告人質問の機会も与えられなかつた申立人らが準備未了を理由に次回公判期日への続行を求めたにもかかわらず、申立人らに対し意見の陳述を命じて止まなかつたこと、以上の経過からすると、同裁判官が不公平な裁判をする虞があると考えられるというにあるようである。

そこで、前掲記録を検討し、東京地方裁判所昭和四〇年(むのイ)第二六六号準抗告申立事件記録および当裁判所のした事実の取調の結果をも参酌して考察すると、昭和四〇年五月一八日東京北簡易裁判所において、同裁判所裁判官神村三郎主宰のもとに前記道路交通法違反被告事件の第三回公判期日が開かれ、所論にそうような手続経過があつたことが認められ、その間における同裁判官の訴訟指揮については、すでにされていた証拠調の請求について未だ却下の決定をしないうちに、検察官に事実および法律の適用についての意見の陳述をさせ始めたこと、検察官の意見の陳述中に証拠調の請求の一部を却下したが、他をそのまま放置している疑いがあること等、違法と目すべき点がないといえないばかりでなく、当初から被告人が公訴事実の存在を争つているにもかかわらず、弁護人に被告人質問の機会さえ与えないで証拠調を終えたこと、前回の公判期日で公判期日外の証拠調の請求を勧告しながら、それに応じて申立人らのした証拠調の請求を看過したこと等、妥当を欠くと思われる点がすくなくない。しかし、忌避の制度は、除斥を補完して裁判官を特定の事件の処理から終局的に排除するためのものであるという制度本来の趣旨からいうと、裁判官に除斥の原因のあるときのほか、裁判官と事件ないしはその関係者との間に除斥されるべき場合に準ずるような、当該事件の訴訟経過を離れた、特殊な客観的事情が存するため、当該事件において不公平な裁判をするおそれのあるときにかぎつて、その裁判官に対し当該事件の処理を許さなくするものであると解するのが相当である。この観点からすると、忌避の制度は裁判官による具体的な訴訟指揮の違法ないし不当またはそれに基く裁判結果の不公正を救済しようとするものでないこと明白である。(これらに関する不満は、適宜異議の申立をすることにより、あるいは、上訴審において争うことにより、当該事件の訴訟経過のうちで解決されるべきである。)従つて、申立人主張のような事由は、刑事訴訟法第二一条第一項にいう「裁判官が不公平な裁判する虞があるとき」に当るといえず、これだけでは、いまだ同裁判官に忌避の原因があると断ずることはできない。

以上の理由で、本件忌避の申立は却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 横川敏雄 横田安弘 小川英明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例